眼振検査ABC

1.はじめに
眼振の観察と記録はめまいの診断に欠かすことができない重要な検査であり、眼振所見のとり方やその解釈については既に多く
の専門書がある。本稿ではこれらの成書では詳しく記述されておらず読者が漠然と疑問を抱いているのではないかと思われる事項をとりあげてできるかぎりわかりやすく述べようと思う。紙面の都合上、下眼瞼向き眼振や上眼瞼向き眼振などの中枢性眼振については触れていない。また個々の末梢・中枢疾患とそれらの疾患で出現する眼振やその発現機序についても原則として記載していない。これらについては機会を改めて述べたいと考えている。
本稿の記載内容はやや厳密さを欠くかもしれないが、研修医などの若い医師や第一線の臨床に携わる方々が眼振検査に興味を持ってくださるきっかけとなれば筆者として幸甚である。

2.眼球運動の概略 ーその特徴と目的ー
同じ哺乳類であってもウサギとヒトでは眼球運動には大きな違いがみられる。中心窩を持たないウサギの眼球運動は、基本的に前庭眼反射(vestibulo-ocular reflex: VOR)と視運動性眼振(前庭眼反射や視運動性眼振に伴って極度に上下左右方向に向いた眼位をcentral positionに戻すための眼振の急速相を含む)だけである。自発的サッケード(voluntary saccades)も不可能ではない。しかしウサギでみられる自発的サッケードは、頭部運動に随伴した形でしか出現しない。
これに対して中心窩を持つヒトでは、見ようとする対象物の静止像を正確に中心窩に結ぶ必要がある。像を結ぶ位置が中心窩から2ºずれると視力は50%に低下する。また網膜上の像の動きが5º/secを越すと指数関数的に視力が低下する{Burr, 1982 #29}{Jacobs, 1979 #55}。見ようとする対象の静止像を中心窩に結ぶために、ヒトではウサギにはない、より高度の眼球運動が発達している。
走りながら遠くの看板の文字を読む場面を想定してみる。立ち止まっている場合と比較すると走っている最中には文字がぼやけて見える。しかしその際の視力低下はわずかである。これには前庭眼反射が大きな役割を果たしている。これに加えて視覚入力を介した眼球運動である視運動性眼振(optokinetic nystagmus)と滑動性追視運動(smoot pursuit tracking)も深く関与している。
滑動性追視運動に関して注意しなくてはならないのは、視野の右方向に飛んでいる鳥を眼で追っている際には、鳥以外の周囲の静止物体の像は眼球運動の向きとは反対方向に網膜上を移動するということである。つまり、滑動性追視運動は視運動性眼振よりも優位であるといえる。
追視する対象は必ずしも動いている必要はない。たとえば視運動性眼振検査用のドラムを眼前で回転させた場合を想定してみよう。この場合には視運動性眼振が生じる。ことのときレーザーポインタでドラムに光を当て、その点を見つめさせると眼振が停止する。これは固視抑制(visual suppression)とよばれている機能である。この固視機能も滑動性追視運動と同様に視運動性眼振よりも優位であるといえる。
さらに頭部前面に眼球を持つヒトでは、物体の像を両眼の中心窩に結ぶための輻輳(vergence)機能も発達している。
このようにヒトでは、中心窩に物体の静止像を結ぶために中心窩を持たない動物が持つ眼球運動に加えて、より精巧な眼球運動が発達している。そしてこれらは中心窩を持たないウサギなどでもみられる前庭眼反射や視運動性眼振よりも優位な眼球運動である。
しかしヒトの眼球運動は単に物体を追視し中心窩にその静止像を結ぶ機能だけを担っているわけではない。
我々が飛んでいる鳥を眼で追っているときにもう一羽の鳥が視野に入ってきたとしよう。このとき我々は視野に入ってきた鳥に視線を向け、その鳥を追視することができる。さらに、ある物体を見つめているときに破裂音が聞こえた際に我々はすばやくその破裂音の方向に視線を向けることができる。これは自発的サッケード(voluntary saccades)である。
つまり、ヒトの眼球運動は、単に中心窩に物体の静止像を結ぶという機能(stabilize gaze)だけではなく、新たに出現した別の対象物の方向に視線をかえ、その物体の静止像を中心窩に結ぶという役割(shift gaze)も果たしている{Walls, 1962 #85}。

3.なぜ眼振検査か
以上、中心窩を持たないウサギの眼球運動と対比させながらヒトの眼球運動を概説した。めまいの診断においては眼振検査にとどまらず、上述した個々の眼球運動に異常がみられないか否かを子細に観察する必要がある。さらに頭部の傾斜や捻転、眼位の異常などにも留意することも重要である。
では、めまいの診断のためになぜ眼を診(観)るのか。
最も大きな理由は、眼位の保持や眼球運動には中枢・末梢前庭系からの入力と出力が重要な役割を果たしており、中枢・末梢前庭系に機能障害が生じると眼位や眼球運動の異常が生じるからである。眼球運動は定量的な評価が容易である。眼球運動はある軸を中心とする眼球の回転運動であるといえる。眼球が回転する軸とその軸回りの角速度によって眼球運動を定量的に表現することができる。眼球運動の定量的評価の容易さゆえにさまざまな眼位・眼球運動異常と中枢・末梢神経系の障害部位、病態、薬物の影響などとの関係について多くの知見が得られているということもめまい疾患の診断において眼位や眼球運動の観察を行う大きな理由である。
しかし逆に、個々の眼球運動に関与する中枢・末梢神経系の部位や機能に関する最低限の知識がなければ、いくら詳細に眼位・眼球運動を観察・記録したとしても診断には役立たない。多くの耳鼻咽喉科医にとってめまいが苦手な領域であるひとつの理由は、めまいの診断には神経学などの他科領域の知識が必要とされることであるかもしれない。

4.Flourensの法則
これの意味することは単純である。「あるひとつの半規管に機能障害(興奮、抑制)が生じるとその半規管の存在する平面における眼球回転(眼振)が生じる」という法則である。「あるひとつの半規管が興奮または抑制刺激を受けるとその半規管が存在する平面に立てた垂線を軸とする眼球の回転運動(眼振)が生じる」も言い換えることもできる。
このことを図1に例示した。後半規管は矢状面に対して約45ºの角度をなす。したがって、たとえば右側の後半規管が興奮すると図1aに示した軸を中心として矢印の向きに眼球が回転する(眼振の緩徐相)。そして眼位を元に戻すために矢印とは反対方向の速い眼球運動が生じる(眼振の急速相)。これらの緩徐相と急速相が交互に入れ替わりリズミカルな眼球運動(眼振)が出現する。前庭の左右不均衡の程度は緩徐相(緩徐相速度)に反映される。眼振の急速相は偏位した眼位を元の位置に戻そうとする一種の反射である。(眼振の向きはその急速相の向きで表眼するが、眼振を観察するにあたっては緩徐相の性状に注目することが重要である。)
さて、図1bに示したように視線を45度右方向にそらすと眼球の回転軸の向きと瞳孔中心の位置とが一致するため、ヒトの眼には回旋性の眼振と映る。緩徐相の向きは検者からみて時計方向である。反対に視線を45度左方向にむけると今度はヒトの眼には垂直性の眼振と映る。この場合、眼振の緩徐相は下眼瞼向き、すなわち上眼瞼向き眼振となる(図1c)。そして眼位を頭部正面に戻すと回旋成分と垂直成分とが混じった眼振となる(図1d)。このように眼球は右側の後半規管が存在する平面に立てた垂線を軸とする回転運動を繰り返しているにすぎないが、眼球の向きによってあたかも眼球の動きが変化するかのようにヒトの眼には映る。(ここで解説した眼振は古典的な後半規管型良性発作性頭位めまい症(患側:右)の眼振そのものである。)
では、右側の前半規管が興奮した場合はどうであろうか。この場合にも前半規管の存在する平面に立てた垂線を軸とする眼球運動が生じる(図1e)。ただし前半規管は後半規管と90度の角度をなすため、視線を左方向に向けた場合に回旋性眼振(図1f)、右方向に向けた場合に垂直性眼振(図1g)となる。そして視線を頭部正面に向けると垂直回旋混合性眼振となる(図1h)。ただし、回旋成分の向きは後半規管が興奮した場合と同じ向きであるが、垂直成分の向きは逆になる。
では右側の外側半規管に興奮が生じたならばどうか。この場合にはほぼ頭部に対して垂直な軸を中心とする眼振(図1i)、すなわち水平性の眼振が生じる。眼振の緩徐相は左方向(すなわち右向きの水平性眼振)となる。
ここまでは半規管が興奮した場合について述べてきた。半規管機能が低下した場合には、眼球運動の向きは上述した向きと逆になる。
臨床の場において、一側のひとつの半規管だけに選択的に興奮または抑制状態が生じることがないわけではない。その代表疾患は良性発作性頭位めまい症である。しかし一側の3つの半規管が同時に障害を受けることも少なくない。このような場合には、前半規管と後半規管の障害による回旋性眼振に外側半規管の障害による水平性眼振が加わって水平回旋混合性眼振が出現する。(前半規管と後半規管の機能障害によって生じる眼振の垂直成分は逆向きであるため相殺しあう。)

5.垂直性眼振はなぜ中枢性眼振か
ここで垂直性眼振、すなわち上眼瞼向き眼振(upbeat nystagmus)や下眼瞼向き眼振(downbeat nystagmus)は中枢性眼振であるといわれる理由について考えてみる。
Flourensの法則にしたがうと、末梢前庭の機能障害によって上眼瞼向き眼振が生じるためには、両側の後半規管が同程度興奮刺激を受けるか(図2a)、両側の前半規管に左右同程度の抑制刺激が加わらなければならない(図2b)。健常人においては後屈運動時にこのような刺激が両側の垂直半規管に加わる(前半規管:抑制、後半規管:興奮)。しかし頭部が静止している状態で両側の垂直半規管にこのように左右対称性の異常興奮または機能低下が生じることはきわめて稀と考えられる。下眼瞼向き眼振では後半規管と前半規管の興奮・抑制の関係が逆になるが、同様にこのような病態が生じることも稀である。純粋な垂直性眼振は中枢性眼振であるといわれるのはこのような理由からである。
では、垂直性眼振はいかなる機序によって生じるのであろうか。病的な垂直性眼振の発現には、垂直半規管性前庭眼反射、耳石器-眼反射、神経積分機能(後述)、滑動性追視運動などに関与している神経系や前庭小脳の機能障害が関与していると考えられている。ただし、紙数の都合で、本稿ではこれらの点については触れない。

6.注視眼振(gaze-evoked nystagmus)

注視眼振とは、眼位を頭部正面(central position)から上下左右または斜め方向(eccentric position:偏心位)にそらせた場合に出現する眼振をいう。注視眼振は中枢神経系の機能障害を示唆する眼振であると考えてよい。
注視眼振の急速相は、通常、頭部正面方向から眼位をそらせた向きに向かう。すなわち眼位を右方向にそらすと右向きの眼振が、逆に左方向にそらすと左向きの眼振が生じる。
注視眼振の発現機序について述べる前に、まず健常人における眼位の保持について考えてみる。
我々は眼位を側方や上下方向に向け、その位置で眼位を保持することができる。この眼位の保持は暗所でも可能である。すなわち視覚からのフィードバックを必要としない。
視線を右方向にそらせた場合を想定する。この場合、眼位をこの向きに保持するためには外眼筋(この場合には特に右側の外直筋と左側の内直筋)が眼球の向きに応じた適切な力で持続的に収縮している必要がある(図3)。そのためには視覚情報に依存せずに眼球の向きを絶えずモニターしなければならない。この機能を果たしているのが神経積分器(neural integrator)とよばれている脳幹の神経回路である。
眼 球の水平方向の眼位保持に関しては、主として舌下神経前位核(nucleus prepositus hypoglossi: NPH)とこれと隣接する前庭神経内側核(media vestibular nucleus: MVN)が神経積分器としての役割を担っている{Belknap, 1988 #23}{Brodal, 1983 #25}{Hartwich-Young, 1990 #49}{Langer, 1986 #58}{McCrea, 1985 #62}。NPHは外転神経核に投射する全てのニューロンからの投射を受けている{Belknap, 1988 #23}。
一側のNPH-MVN領域にexcitotoxinを注入すると、左右両方向への眼位保持(gaze holding)能力が不完全ではあるが障害を受ける。そしてneutral point (null point)が注入側にシフトする。両側のNPH-MVN領域にexcitotoxinを注入した場合にはあらゆる水平方向の共同眼球運動(水平方向の前庭性眼振、視運動性眼振、滑動性追視運動)に関する神経積分機能が失われる{Cannon, 1987 #2}{Cheron, 1987 #34}。水平方向のサッケードは可能でありその速さも正常であるが、眼球は到達した位置でとどまることができず、急速に頭部正面方向に戻っていく{Cannon, 1987 #2}。また橋背側の正中部に障害を加えると水平方向の神経積分機能が障害を障害を受ける。これは両側のNPH-MVN間の交連線維が切断されるためであろうと推測されている{Arnold, 1997 #1}。
一方、垂直および回旋性の眼球共同運動の神経積分機能には中脳に存在するCajal間質核(intesstitial nucleus of Cajal: INC)が重要な役割を担っている。INCをmuscinolを用いて薬理学的に不活化すると垂直方向および回旋性の眼位保持機能が失われる{Crawford, 1991 #38}。
片葉(flocculus)と傍片葉(paraflocculus)などの前庭小脳も神経積分機能に深く関与している{Takemori, 1974 #68}{Waespe, 1983 #74}{Zee, 1981 #87}。前庭小脳は脳幹部に存在する神経積分器(NPH-MVN、INC)の持つ固有 の不完全な神経積分機能(inherently leaky neural integrator)を補う役目を果たしている{Robinson, 1974 #66}{Zee, 1980 #86}。前庭小脳と脳幹の神経積分器との間には一種の positive feedback loop が存在すると考えられる。この positive feedback loop のゲインが適切である場合には神経積分機能はほぼ完全であると考えることができる。
話を本論に戻す。ここまで眼位を偏心位に保持するために重要な役割を担っている神経積分器の概略について述べてきたが、注視眼振検査は、この神経積分器の機能障害の有無を診断するための検査である。つまり眼位を偏心位に保持する能力の検査であるということができる。
神経積分器が障害を受け、上述したpositive feedback loopのゲインが低下すると眼位を偏心位に保持することができなくなる。そして通常は頭部正面方向に眼位が移動していく。この眼位を元の偏心位に戻そうとして急速な眼球運動が生じる。しかし再び眼位は頭部正面方向にずれていく。このような眼球運動の繰り返しが注視眼振である(図4)。
神経積分器の機能障害を引き起こす最も頻度の高い原因は、鎮静剤、精神安定剤、抗けいれん剤などの薬物である。これらの薬物の作用部位は必ずしも明確ではないが、小脳または前庭神経核と推定される。この他、前庭小脳(片葉小節葉)またはその伝導路が障害を受けるさまざまな小脳病変でも注視眼振が出現する。この場合には、他の眼球運動障害、特に滑動性追視運動の障害が同時にみられることが多い{Buttner, 1995 #30}。当然のことながら、NPH-MVN領域の障害でも注視眼振がみられる。
垂直性の注視眼振も同様に薬物や脳幹・小脳の障害時に出現する。内側縦束と後交連は垂直方向の眼位に関する信号を伝達する経路となっているため、両側の核間性眼筋麻痺(MLF症候群)でも垂直性の注視眼振がみられる。

7.極位眼振(end-point nystagmus)、疲労眼振(fatigue nystagmus)、反跳眼振(rebound nystagmus)

健常人でも眼位を極度に(35º以上)側方または上下方向(偏心位)に向けると注視眼振様の眼振が出現することがある。この眼振を極位眼振とよんでいる。極位眼振は通常、側方または上下方向に眼位を向けた直後から出現する。そして数秒後には消失することがある。また左右上下非対称であることがある。健常人における極位眼振と病的な注視眼振との違いは、極位眼振は注視眼振よりも弱く、他の眼球運動異常を随伴しないことである
反対に、1分間以上眼位を偏心位に保持していると健常人において眼振が出現する場合がある。この眼振は疲労眼振(fatigue nystagmus)とよばれる。
反跳眼振(rebound nystagmus)というのは、眼位を長時間偏心位に維持した後に眼位をcentral positionに戻した場合に一過性に出現することのある眼振である。その眼振の緩徐相の向きは、直前の眼位(偏心位)の方向である。反跳眼振は小脳変性症でみられることが多いが{Hood, 1973 #7}{Bondar, 1984 #6}、健常人においても出現することがある。サルを用いた動物実験では、両側の舌下神経前位核と前庭神経内側核に障害を与えたあとの機能回復時に反跳眼振が出現したとの報告がなされており{Cannon, 1987 #2}、反跳眼振の出現には神経積分機能が必要であることが示唆される。

8.Alexanderの法則(Alexander's law)

前庭障害による眼振は眼位を眼振の急速相方向に向けたときに増強(緩徐相速度が上昇)する。この現象はAlexanderの法則とよばれている。眼位による眼振強度の変化には、上述した神経積分機能が深く関与していると考えられている。
図5にその概念を示した。前庭系に持続性の機能不均衡が生じた場合、神経系は神経積分器の機能を低下させる(時定数が縮小){Robinson, 1984 #9}。そのため、偏心位に眼位を向けるとその偏心位を維持することができず眼球が頭部正面方向に戻ってくる。
右側の末梢前庭器が急激に機能を喪失した場合を考えてみる(図5)。この場合、左右の前庭系の不均衡によって生じる眼振成分の強度は眼位の影響を受けない。しかし神経積分器の機能低下により眼位を右方に向けた際には眼窩内の弾力によって眼球が頭部正面方向へと戻っていこうとする。この向きは前庭系の不均衡によって生じる自発眼振の緩徐相の向きと逆向きであるため打ち消しあって眼振は減弱する。逆に眼位を左方に向けた際には、前庭系の不均衡によって生じる自発眼振の緩徐相の向きと神経積分機能の低下によって眼位がずれる方向とが同じであるため眼振が増強する。
このことは生体にとって意義のあることといえる。なぜならば自発眼振が出現している前庭障害の急性期であっても患者が眼位を患側方向に向けると眼振が減弱し、視力の低下を最小限に抑えることができるからである。
Alexanderの法則は、中枢性眼振である下眼瞼向き眼振や上眼瞼向き眼振にも原則としてあてはまる。

9.Bruns眼振(Bruns's nystagmus)

Bruns眼振は、聴神経腫瘍などの小脳橋角部腫瘍によって脳幹や小脳が圧迫されている場合にみられることのある眼振である。腫瘍側に眼位を向けると頻度が低く振幅の大きな水平性の眼振が、非腫瘍側に眼位を向けると頻度が高く振幅の小さい眼振が出現する(図6)。前者は神経積分器の機能障害によって生じた注視眼振であり、後者は前庭系の不均衡を反映した自発眼振である。

10.Head Thrust Maneuver と頭振後眼振(head-shaking nystagmus)検査

一側の内耳または前庭神経からの入力が突然途絶えるとめまいに加えて眼振や姿勢の異常が生じる。しかし、たとえ内耳や前庭神経の機能が回復しなくともこれらは徐々に消失していく。この過程は前庭代償(vestibular compensation)とよばれている。
前庭代償が生じるとめまいも眼振も消失し体平衡にも異常がみられなくなるため、一見、何ら平衡機能障害がないようにみえる。前庭代償の後の潜在的前庭機能不均衡を手軽に検出するための検査として、Head Thrust Maneuver{Halmagyi, 1988 #10}と頭振後眼振(head-shaking nystagmus)検査がある。
Head Thrust Maneuver で検出しようとしているのは前庭眼反射の左右不均衡である。一方、頭振後眼振検査でみようとしているのは、いわゆる速度蓄積機構(velocity-storage mechanism)の左右不均衡である。本項では、これらふたつの検査方法の概略と速度蓄積機構の概念について述べるとともに、Ewaldの第二法則についても簡単に言及する。

(1)前庭眼反射とEwaldの第二法則
頭部が静止している状態においても前庭神経には1秒間に90回ほどの頻度の自発放電がみられる(図7a)。頭部に右方向への回転角加速度を加えると、右側の水平半規管が興奮し、同側の前庭神経の放電(スパイク)頻度が上昇する。反対に左側の水平半規管には抑制刺激となるため、左側の前庭神経の放電は減少する(図7b)。逆に、頭部に左方向への回転角加速度が加わると、左側の前庭神経の放電頻度が上昇し、右側の前庭神経のスパイクは減少する(図7c)。頭部に速い角加速度が加わると、その角加速度の大きさにしたがって興奮側の前庭神経の放電は増加していく。しかし反対側の前庭神経の放電は角加速度が200度/秒以上になると消失したままとなる。
ここで左側の内耳が機能を喪失した場合を想定してみる(図8a)。この場合には頭部が静止ししている状態では右側の前庭神経には自発放電が認められるが、左側の前庭神経には自発放電はみられない(silent)。
頭部に右方向への十分大きな角加速度を加える(図8b)。左側の前庭神経はsilentのままである。しかし右側の前庭神経の放電は加わる角加速度にしたがって上昇する。そのため、右方向に角加速度が加わった場合には、前庭眼反射のゲインの低下はみられない。
反対に、左方向への角加速度が加わると(図8c)、やはり左側の前庭神経はsilentのままである。一方、左側の前庭神経の放電は減少する。しかし角加速度が200度/秒を越すと前庭神経はsilentとなり、それ以上角加速度が上昇してもそれを脳に伝達することができない。そのため、前庭眼反射のゲインが低下する。
つまり、前庭(この場合は半規管)に加わる興奮刺激は頭部に加わる角加速度を忠実に脳に伝達されるのに対して、抑制刺激、とくに強い抑制刺激は脳に対して正確に伝達されない。
ここでは前庭神経の放電(スパイク)に関して記述したが、半規管のレベルにおいても同様の現象が認められる。「半規管に対する興奮刺激は、半規管に加わる抑制刺激よりも、より強い眼振を生ぜしめる」と表現することもできる。これがEwaldの第二法則の概念である。

(2)Head Thrust Maneuver{Halmagyi, 1988 #10}(図9)
上述した内容は、Head Thrust Maneuver の原理そのものである。Head Thrust Maneuver とは、左方向または右方向に急速に頭部を回転させた直後にサッケードが生じるか否かをみる検査である。
同様に患側が左であると仮定する。まず数メートル前方の静止している物体を被験者(患者)に見つめさせておく。その状態で、頭部を急速に右方向に20度ほど回転させて止める。この場合には健側である右側に興奮刺激が加わるため前庭眼反射のゲインはほぼ正常であり、被験者の視線は目標物からずれない。しかし、続いて頭部を急速に左方向に20度ほど回転させて止めると、頭部が静止した後、頭部回転方向とは逆向きのサッケードが生じる。患側方向に頭部を回転させた場合には前庭眼反射のゲインが低いため視線が頭部回転方向にずれる。視線を再度目標物に向けようとして頭部回転方向とは逆向きのサッケードが生じる。
この Head Thrust Maneuver は器具を必要とせずベッドサイドで手軽にできる半規管麻痺の検出法である。この検査を行うにあたって注意すべき点は、十分速く頭部を回転させることである。視覚や頚部受容器からのフィードバックを除去し、半規管からだけの入力に基づく反射(すなわち前庭眼反射)の左右不均衡を検出するする必要があるためである。

(3)速度蓄積機構(velocity-storage mechanism)
前庭入力は、頭部の速い動きを短い潜時で忠実に脳に伝えるのに適している。しかしゆっくりとした単調な動きを脳に伝えるのには適さない。たとえば頭部を垂直に維持した状態で頭部を左右いずれか一方向に回転させると回転方向の外側半規管のクプラに興奮刺激が加わる。しかし頭部が同じ速度で回転を続けると徐々にクプラは元の位置に戻っていく。それとともにクプラおよび前庭神経の興奮も治まっていく。その後は、頭部が回転し続けたとしても外側半規管からは「頭部は静止している」という入力しか脳に伝達されない。このような前庭系の持つ弱点は視覚や固有近くによって補われているが、前庭神経系のなかにもこの弱点を補う仕組みが存在する。それが速度蓄積機構(velocity-storage mechanism)である。
静止状態から急速に速度を上昇させた後、一定の角速度で右方向に頭部を回転させた場合を再度想定する(図10)。この場合、右側の前庭神経核のニューロンは急速に興奮する、しかしその後、徐々に放電は減衰していく(つまりスパイクの頻度が低下していく)。その減衰の時定数は前庭眼反射の時定数と同じであり(15秒)、クプラや前庭神経の興奮の減弱する際の時定数(6秒)よりも長い。(ここでいう「前庭眼反射の時定数」とは回転中眼振(perrotatory nystagmus)の緩徐相速度の減衰の時定数を指す。)このことは、上述した前庭系固有の弱点を補う機構が前庭神経核のレベルにおいて既に存在することを示す。
頭部の回転を続け、眼振が完全に消失した後、急速に頭部回転を止める(図10)。すると回転中眼振とは逆向きの眼振が生じる(回転後眼振:postrotatory nystagmus)。眼振の向きが逆であるのは、頭部の急激な静止によってクプラが回転開始時とは逆向きに圧排されるためである。この回転後眼振の時定数もクプラの時定数よりも長い。これにも速度蓄積機構が関与している。
また、視運動性後眼振(optokinetic after-nystagmus: OKAN)にも速度蓄積機構が重要な役割を果たしている。視運動性後眼振とは、視運動刺激後に消灯し真っ暗闇とした後も視運動性眼振と同方向にみられる眼振である(図11)。 この他、偏垂直回転(off-vertical axis rotation: OVAR)中にみられる眼振の bias component にも速度蓄積機構が関与している{Darlot, 1988 #11}{Hain, 1986 #12}{Raphan, 1996 #13}{Wall, 1989 #88}。
以上述べてきた速度蓄積には後交連が重要な役割を担っている。後交連を切断すると速度蓄積機能が失われる{Katz, 1991 #15}。これは速度蓄積機能を果たしている前庭神経内側核を結合する神経経路が切断されるためと推測される。逆に小脳小節(nodulus)や垂(uvula)に障害を与 えると、速度蓄積機能が亢進する{Angelaki, 1994 #14}{Waespe, 1985 #16}。また速度蓄積機能には頚部からの入力も関与している{Karlberg, 1996 #17}。さらに速度蓄積機能はBaclofenによって抑制される。これは、おそらく小脳小節のPurkinje細胞から前庭神経核に対するGABAと同様の薬理効果をBaclofenが果たすためと推測される{Cohen, 1987 #18}{Waespe, 1985 #16}。

(4)頭振後眼振(head-shaking nystagmus)
頭振後眼振とは、頭部を左右に激しく10〜15秒振った後、一過性に出現する眼振をいう。臨床の場では頭部を左右に振った後の頭振後眼振を観察することが多いが、頭部を前後方向に頭部を振った後の頭振後眼振を併せて観察することもある。この頭振後眼振の発現には上述した速度蓄積機構が深く関与している{Fetter, 1990 #19}{Hain, 1987 #20}。
一側の末梢前庭機能障害時に頭部を激しく左右に振ると左右の末梢前庭からの入力に左右差が生じる(Ewaldの第二法則:上述)。そのため神経積分器にも左右不均衡が生じる。それがために頭振後に緩徐相が患側に向かう(すなわち健側向きの)頭振後眼振が一過性に出現する。頭部を前後に振った後の頭振後眼振は、緩徐相が健側に向かう(すなわち患側向き)となる。

11.結語
以上、筆者が眼振検査を行うにあたって考えていることの一部ではあるがその概略について述べてきた。読み直してみると、本稿は従来の教科書に書かれている内容とはかなり趣を異にする内容になった。筆者の力不足のために意を尽くせなかった箇所も多い。また、書き残した部分も少なくない。これらについては稿を改めて述べるつもりである。
最後になるが、本稿は、第23回慶浜耳鼻科研究会(平成17年12月13日開催)で筆者が口演した内容を文書としてまとめてもらいたいとの要望に基づいてできあがったものであることを申し添える。